福岡高等裁判所 昭和26年(ネ)734号 判決 1952年5月30日
控訴人 原告 九州塗装株式会社
訴訟代理人 安田幹太
被控訴人 被告 佐世保税務署長 本田文治
指定代理人 家弓吉己 外二名
主文
控訴人の新訴の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は当審において訴を変更し従前の請求に代えて「被控訴人は控訴人に対し金百四十二万二百九十三円及びこれに対する新訴請求の申立の翌日より完済まで年五分の割合による金員を還付しなければならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」という判決を求め、その請求の原因として、
(一)被控訴人は控訴人に対し昭和二十六年二月二十八日附を以て、控訴人が本件法人税の脱税によつて言渡を受けた有罪判決において認定された課税標準を超えて、昭和二十三年四月一日より昭和二十四年三月三十一日に至る事業年度の控訴人の普通所得額を金七百三十万九千百五十七円、超過所得額を金七百十万四千四百円と決定通知し、同時に法人税法第四十二条、第四十三条による加算税及び追徴税をそれぞれ金八十万四千二百五十円と決定通知したが、加算税についてはその後その税額を金三十二万千七百九十三円に減額し、その旨口頭を以て控訴人に通告した。
(二)そうして右課税標準に基く法人税額と控訴人の申告納税額との差額金三百二十一万七千七十一円とこれに対する右追徴税及び減額後の右加算税を合計した金四百三十四万三千百十四円を昭和二十五年四月二十八日より昭和二十六年十月三十一日までの間に控訴人より徴収した。
(三)しかし本件のように法人税法第四十八条第一項の脱税犯についてなされた有罪判決が確定した場合には、政府は同条第三項の規定によつてその免れた法人税額に相当する法人税を徴収すべきであるが、この場合においてはその免れた法人税額は有罪判決の認定によつて定まるのである。そうして同法第四十二条第四十三条の加算税及び追徴はこれを賦課することができない。
(四)従つて本件においては、控訴人に対する有罪判決の認定した普通所得は金六百八十六万四千百四十一円、超過所得は金六百六十五万九千三百八十四円であるから、これらの課税標準による法人税と控訴人が申告に基き納税した法人税との差額金二百九十二万二千八百二十一円を不足の法人税として控訴人から徴収すれば足りるわけでこれを超過した法人税の徴収は前記加算税及び追徴税の徴収とともに違法の徴収である。従つて前示徴収金四百三十四万三千百十四万円から右法人税二百九十二万二千八百二十一円を控除した残金百四十二万二百九十三円はこれに対する新訴請求の申立の翌日以降年五分の割合による損害金とともにこれを控訴人に還付すべきものであるから、これが還付を請求する。
と陳述した外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
被控訴代理人は、本案前の抗弁として、控訴人の新訴請求中追徴金八十万四千二百五十円及びこれに対する附帯損害金の請求については、新訴は旧訴とその請求の基礎を等しくするけれども、その余の新訴請求については、新訴は旧訴とその請求の基礎を異にし、しかも著しく訴訟を遅滞させる虞があるから、この部分に関する本件訴の変更は不当であつて許すべきものではないと述べ、新訴の本案について請求棄却の判決を求め答弁として、控訴人主張の(一)の事実中加算税の減額に関する点はこれを否認し、その他の事実及び(二)の事実中被控訴人が控訴人主張の金額を控訴人から主張の期間内に徴収した事実は認める。その余の主張事実はいづれもこれを争うと陳述した外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
理由
まづ訴の変更の適否について判断する。旧訴は、法人税法における脱税犯の場合において不足の法人税を徴収するについて課税標準を決定するには、その脱税犯に関する刑事判決の認定によるべきものであり、且つ、不足の法人税に対する追徴税は脱税犯の場合にはこれを徴収することができないという法律上の見解に立つて、被控訴人が控訴人の脱税犯に係る不足の法人税に関し当該事件の刑事判決の認定を超えて課税標準を決定し、これに基く不足の法人税に対する追徴税を賦課した賦課処分が無効であることを請求原因としてその無効の確認を求めたのである。従つて旧訴は控訴人が法人税を脱税したことに基く課税処分に関する係争利益を請求の基礎とするものといわなければならない。これに対して新訴は、前同様の法律上の見解並に脱税犯の場合には加算税も追徴税と同様これを徴収することができないという見解の下に、被控訴人が控訴人からその脱税後徴収した不足の法人税の内刑事判決の認定を超える部分の徴収並に追徴税及び加算税の徴収が違法であることを請求原因としてその徴収金の還付を請求しているのである。従つて新訴も旧訴と同様、控訴人が法人税を脱税したことに基く一連の課税処分に関する係争利益を請求の基礎とするものであつて、旧訴とただその請求原因及び請求の態様範囲を異にするに過ぎない。且つ旧訴と同様新訴の主要争点は法律点であつて、本件訴の変更によつて訴訟を遅滞させる虞があるとは認められないから、本件訴の変更は適法である。被控訴人の異議は理由がない。
ところで新訴の請求は旧訴の請求に代えてなされたものであるから進んで新訴の本案の当否を検討する。本案に関する主要の争点は法人税法(昭和二十二年法律第二八号。昭和二十三年法律第一〇七号により改正)において、脱税犯の場合に不足の法人税を徴収するについて課税標準を更正又は決定するにはその脱税犯に関する刑事判決の認定に拘束されるか否か、又この場合に同法第四十二条の加算税及び同法第四十三条の追徴税を賦課することができるか否かの二点である。
これらの点について控訴人の主張するところは要するに、同法第四十八条第三項に「第一項の場合においては政府は直ちにその課税標準を更正又は決定しその税金を徴収する」とあるのは、脱税犯の場合における課税決定の特則を定めたものであるから、脱税犯の場合には同項の規定自体によつて不足の法人税を決定しこれを徴収すべきものであり、この場合課税標準の更正又は決定は該脱税犯に関する刑事判決の認定に従いこれに拘束されるものである。又同法第四十二条の加算税及び同法第四十三条の追徴税は同法第二十六条第二項、第二十九条乃至第三十三条の規定を前提とするもので、脱税犯の場合には同法第四十八条第三項の特則があるため右の各規定の適用がないから、加算税及び追徴税はこれを賦課することができない。もし脱税犯の場合に右第四十八条第一項による刑罰を科した上更に実質上行政罰である加算税又は追徴税を賦課するとすれば、憲法第三十九条の規定に違反するというのである。
しかし、同法第四十二条の加算税は同法第二十六条第二項によつて期間後申告した法人税又は申告の脱漏修正によつて増加した法人税を納付する場合、並に同法第二十九条乃至第三十三条によつて政府がその調査に基き過少申告に係る課税標準を更正し又は無申告者及び無所得の申告をした申告者の課税標準を決定して法人税を徴収する場合において、所定の納期に納税しなかつたため本税に附加して課せられる附加利子的課税であり、同法第四十三条の追徴税は右の各場合に恕すべき事由がないのに適正な申告をしなかつたため本税に附加して課せられる過滞金的課税である。すなわちこれらの税は適正な納税又は申告の実を挙げるため税の形式で課せられる税法上の秩序罰的負担であつて、脱税犯に対する刑事罰とはその本質を異にし、しかも両者は相併存することによつて一層申告納税の適正を期することができるのである。
従つて脱税犯の場合においても、政府はその調査に基き同法第二十九条乃至第三十三条の規定によつて過少申告に係る課税標準を更正し又は無申告者及び無所得の申告をした申告者の課税標準を決定してこれを納税義務者に通知した上、本税たる不足の法人税とともに第四十二条の加算税及び第四十三条の追徴税を徴収することができるものといわなければならない。
なんとなれば、同法第四十八条第三項の規定の趣旨とするところは脱税犯の場合には納期前であつても納期の利益を与えず直ちに不足の法人税を徴収すべきことを定めたのであつて、同項に「その課税標準を更正又は決定し」とあるのは同法第二十九条以下の規定によつて更正又は決定する趣旨を注意的に規定したまでのことで、これと別個の更正又は決定を意味するものではなく、本来なくてはならない程の字句でもない。このことは関係各法条の対照上、又第四十八条第三項の更正決定についての通知に関する規定が別に定めていないことからみてこれを知ることができるのみならず、同法と時を同じくして公布された所得税法(昭和二十二年法律第二七号)第六十九条第三項の同種規定にはこの種の字句がなく、法人税法にあつてもその後昭和二十五年法律第七二号による改正の結果この字句が削除されたことによつてもこれを窺うことができよう。
又右第四十八条第三項に「第一項の場合」とあるのは、脱税犯を犯した場合をいうのであつて、脱税犯に関する有罪の判決がなされた場合又はその判決が確定した場合を指すものでないことは文理上明である。それのみではなく、元来脱税犯に関する刑事の判決は当該犯罪に対する刑罰権の存否範囲を確定するだけであつて、課税権の存否範囲を確定する効力がないことは、刑事訴訟の目的からみて極めて明白である。従つてその刑事判決は当該行政庁が課税標準を更正又は決定するについて認定の資料となり得ることは勿論であるけれども、その認定を拘束するものではない。それ故当該行政庁は脱税の場合においても、自己の調査に基き課税標準を更正又は決定した上不足の法人税を徴収することができるわけであつて、刑事判決又はその判決の確定をまたねばならない何等の根拠もない。もしその更正又は決定がその後なされた刑事判決の認定と異り且つその判決の認定を正当と認めるときは、同法第三十一条によつて再度の更正をなし、これらの更正又は決定を不当とする納税義務者は、これ亦一般の場合と同様同法第三十六条以下の規定によつて審査の請求又は訴願もしくは行政訴訟を提起することができるわけで、控訴人所論のように刑事判決の確定力を不当に拡張する結果として不服救済の途まで不当に塞ぐこともないのである。
なお又既に述べたとおり、加算税及び追徴税は刑事罰とはその本質を異にし且つ脱税に対する刑事罰によつて吸収又は代位されるものではないから、刑事罰の外にこれらの税を賦課しても憲法第三十九条の二重の処罰に当らないし又二重の負担ともならない。
もし控訴人の所論に従えば、刑事判決の認定した課税標準が実際のそれより少ないときは脱税者は本税について不当の利益を受け、これと反対の場合は不当の不利益を甘受しなければならないことになり、又事態の軽い一般の場合にあつては本税の外に加算税及び追徴税を課することができるのに、事態の重い脱税犯の場合はかえつてこれを課し得ないことになる、所論は結果においても多くの非議を免れない。
これを要するに、控訴人がその立論の主要の根拠とする同法第四十八条第三項の規定は、脱税犯の場合に関し納期の特則を定めた以外に何等特別の定をしたものではないから、脱税犯の場合においても本税、加算税及び追徴税の賦課徴収は本税の納期の点を除いてすべて一般の場合と同様の規定によるべきである。
以上説明のとおりであるから、控訴人の所論はすべて独自の見解であつて到底採用することができない。従つてその見解を前提とする本訴請求は、爾余の争点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却しなければならない。
そこで民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 小野謙次郎 判事 竹下利之右衛門 判事 中園原一)